みなさん、こんにちは!志方です。
シリーズ化していた全国大会出場までの道のりの話でしたが、だいぶ日が経っての更新となりました。
今回が最後になると思います。前回の話で都道府県駅伝という全国大会に補欠として同行して、初めて全国大会の空気感を味わいました。
そんな中僕は、1月頭からケガをしていて、この大会でようやくjogを始められた状態でした。
大会が終わり、いよいよ来年は全国に出場するだけではなく、全国優勝にむけて走り始めました。
冬のロードレース
1月以降はトラックレースはなく、ロードレースにレース感を無くさないようにしたり、来春に向けての練習のつもりで出場します。
意外とロードレースって中学生でも、3kmというのは少なくて、そのほとんどが5kmのレースでした。
5kmのレースを走ることで、単純に3000mのレースを短く感じることができますし、トラックレースとは違って外を走ることになるので、(公道とか)良い気分転換にもなります。
僕のこの年は1月に膝のケガをしていたこともありレース数は少な目で、郡市区対抗駅伝(他県でいう市町村対抗駅伝)も、走れる状態になってはいましたが、チームでインフルエンザ続出で選手が揃わず走れずじまいでした。
そんなこんなで、結局2週間後の姫路城ロードレースという県内では割とレベル高めな5kmのレースで、優勝すると兜というなかなか豪華な景品がもらえます。
5kmは、秋にトラックの5000mで15分30秒で走っていたのでそこそこ優勝の自信がありました。
ですが一方で、1月に2週間ケガで走れなかった期間があるのと、テスト期間中だったのでやや睡眠時間が短めという2点がどうレースに影響するのかという不安もありました。
レース内容はほぼ覚えていないのですが、終始1学年上の選手と競り合って、残り500mで渾身のスパートをして優勝をすることができました。
ラストスパートで勝ったという経験は初めてで、本来の自分であれば途中から独走状態にするかロングスパートして逃げ切るかのどちらかだったので、珍しいレース展開でした。
でもケガと睡眠不足の影響はきつかったなというのが印象深かったです。(睡眠不足の方が堪えてたかも)
何はともあれ兜をゲットできて、初めてメダル以外のものをレースでいただくことができました。
3月トラックシーズン開幕
中学生はシーズンインが早く、3月上旬にはシーズンインします。
昨年、1つ学年が上の選手にべったり付いていって、9分27秒で走ったレースでその年も初レースとなりました。
もう8分台で2回走っているし、全国都道府県駅伝の兵庫県代表だし(補欠)、ロードレース5kmでも優勝しているし、自信しかありませんでした。
最初の1000mを2分52秒で入ったのちに2000mを5分55秒前後で通過、ラスト上げて8分51秒でゴールしました。
セカンドベストでシーズンインできて、しかも独走状態で8分台が2回目ということで、これはいつ走っても8分台で走れるなという証でした。
ここで改めて当時の全国大会に出場するための条件を話すと
7月に行われる全国通信大会か兵庫県総体のどちらかで以下のタイムより速く走れば出場権を獲得
- 1500m 4分10秒50 (前年まで4分12秒)
- 3000m 9分05秒
1500mではまだ切ったことはありませんでしたが、3000mに関してはこのレースでもわかるように、いつ走っても突破できるという自信があったのでこのころから全国大会に出場よりも優勝を目指すようになっていきました。
兵庫リレーカーニバルで失敗
この年の印象的なレースとして、前年に引き続き兵庫リレーカーニバルが自分の中でも上位でして、選考会と本番とともに印象的でした。
こけちゃいました(笑)。でも8分台です。
3月の下旬に兵庫リレーカーニバルの選考レースが行われるのですが、今年はどう転んでも突破はできる状態でした。
そのレースで、スタートした直後に他の選手の蹴り上げた足(後ろ足)に引っかかってしまってこけてしまいました。
ただスタート直後だったこともあり、すぐにレースに復帰して300mを過ぎるころには先頭を走っていました。
とくに動揺はなく、実力的に県内では抜きん出てる自負があったので、そこからずっと独走で8分52秒あたりでトップのゴールでした。(タイムはうろ覚え)
文字通りころんでも選考会を突破することができたのですが、こけた時に腕をトラックに叩きつけていて
足だったらレースを走れなかったのですが、腕だったので走ることができました。(危なかった)
翌日に整形外科に行ってレントゲンを撮ってもらったところ、まさかのヒビが入っていました。
骨折ということで、右腕に固定具を付けてしばらく過ごすことになり、レースもその固定具付けたまま走っていました。
とくに影響はなく、兵庫リレーカーニバルの直前に外すことができました。
久しぶりの9分オーバーのリレーカーニバル
なんでリレーカーニバルが印象的だったのかというと、3年生になってから3000mのレースで9分かかったのは、このレースと選手権の予選だけだったので、
1本しか走らないフレッシュな状態の中で、9分かかってしまったということで印象的なレースとなってしまいました。
スタートしてから、リレーカーニバルはローカルテレビのサンテレビ中継があるからか、みんな勢いよく飛び出していきました。
僕は、その年はなぜか200mまでに先頭に立って自分のレースをするというのを心掛けていたので、
他の選手が速いと自分も速くならざるを得なくなり、200mを30秒で通過しました。
この時点で、あっ、ヤバイと思っていましたが、ペースを一気に落とすわけにはいかず、1000mを2分47秒で通過しました。
ここからはほとんど覚えていなくて、ずっとキツイ中、ものすごく長く走っている気さえしていました。
途中棄権するんじゃないかという思いの中、なんとか9分02秒でゴール。
ゴール後はしばらく倒れこんで動けませんでした。
久しぶりの失敗レースで、反省点は当然オーバーペース。さすがに2分47秒通過は速すぎでした。
大会記録が8分50秒ぐらいだったので、それを狙いに行ってたというのも理由ですね。
その夕方に、初めてグランプリのレースを生で見て、佐藤悠基さんが当時東海大学2年生でしたが、外国人選手に付いていって、28分08秒で走っていました。
そのときのマサシ(スズキ)はものすごく強かったです。
そろそろ自己ベストを
兵庫リレーカーニバルを自分の中では惨敗に終わって、顧問の先生から腕のギプス(固定具)が取れた影響で、微妙に体のバランスを崩したのでは?
と励ましの言葉をいただきましたが、その一方で「もう、そろそろ自己ベスト出さないとあかんぞ」という、すでに8分49秒の自己記録を持っている自分にとってはなかなかしんどい自己ベスト更新です。
県内のレースだと、自分1人で走って記録を出さないといけないので、8分40秒台というのはなかなか厳しいところです。
そんな思いをしながら、5月下旬の記録会で、3000mで8分42秒の自己記録を更新することができました。
この記録は以前記事にした3000mのレースで、1000m×3という意識に変えて、400mトラックを2周半を3回やれば良いと考えて臨んだことで7秒更新することができました。
その記事はコチラです。
もうここまで来ているので、最初に書いている通り、全国大会に出場するという考えではなくもっと先の全国で戦うためにという意識で日々を過ごしていました。
あっさり標準記録突破した全国通信大会
もはや、全国大会出場は通過点で全国優勝するにはどうする?というところまできてましたが、万が一通信大会と県総体で標準記録を切らなければ全国大会には出場できません。
しかも大会自体は7月と暑い時期に行われるので、調整が難しいところがありましたが、そんな心配は無用で通信大会の初日1500mの予選で4分07秒で走り、さっそく全国大会の出場権を獲得しました。
予選をそのタイムで走り、午後に行われる決勝は翌日に3000mを走るので棄権をして、翌日に備えました。
3000mは大会記録を目指して
この通信大会の大会記録は当時は8分50秒で、須磨学園の監督が持っている記録でした。
須磨学園の監督から、はやく俺の記録を塗り替えてくれと言われていて、塗り替える気満々でした。
8分50秒だとなかなか難しい記録なのですが、8分50秒切りをこの時点で3回やっていたので、十分可能性はありました。
でもやっぱり7月という蒸し暑さもあり、結局8分51秒で全国大会の参加標準記録は突破しましたが、大会記録は更新することができませんでした。
標準突破の喜びよりも大会記録更新できなかったことが悔しくて、もはや全国大会に出るだけじゃ満足できない自分がいました。
そんな感じで、あれだけ全国大会というものに憧れと執着心を持っていましたが、いざ記録を突破できる実力がついて、さらに上の走りができるようになったことで、
出るのは当たり前で、全国大会で優勝するのにはという考えで過ごしていくようになりました。
陸上を始めたころは、全国大会なんて夢のまた夢で、県大会に出れるだけで自分ってすごいと思っていました。
それが、県大会で決勝に残って最下位付近を走ったことで恥ずかしいと感じる自分になり、気づいたら県の上位で走れるようになっていって、全国大会に近づいていくことで意識が変わっていきました。
もちろん、はじめから高い志を持って練習に打ち込んでいくことも大事ですが、目先の練習を必死にやっていくことでだんだん見えてくるものもあるんだなと思います。
そうすることでだんだん意識も変わっていきますし、何より楽しんでレベルアップできると思います。
そういう意識の移り変わりもあるんだということを指導者の方はじめ、中学生も知っていてほしいです。
次回からは、全国大会編になります。ようやく全国大会に出場することになりますが、初めて自分が走る全国大会、果たして自分の臨む走りができるのでしょうか。

