みなさん、こんにちは!志方です。
少し前の話になりますが、2022年の11月に日体大健志台キャンパスにて、スーパーOTTが行われました。そこで新谷さんが2023に行われたヒューストンマラソンに向けてOTTのレースを使って5000m×3をするということで、そこで急遽サポートをしてくれないかと依頼されました。
ヒューストンマラソンでは、惜しくも日本記録にはなりませんでしたが、それでも日本記録まであと12秒の2時間19分24秒で走られました。(日本人が2時間20分を切ったのは18年ぶりです。)
今日はそのサポート時の僕の心境、状況について書いていこうと思います。
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新谷さんの練習サポートを依頼される
元々、スーパーOTTのペースメーカーとして参加していたので、いつものOTT同様にOTTに参加される市民ランナーのペースメイクをするべく準備をしていました。
この時は、自分の中でも結構攻めた組でのペースメーカーを引き受けていて、一番ペースの速い最終組のペースメーカーにも入ったりしていました。
そんな速いペースで最近走ってなかったので、引っ張り切れるか心配をしていたころ、OTT進行役のPaulさんに呼び出されました。
「今日新谷さんが5000m×3の練習をレースを使ってやるんだけど、ペースメーカー役の新田さんが故障明けで引っ張り切れるかどうかわからないから、志方くんが後ろについて、もし新田さんが引っ張りきれなくなったら志方くんが残りをペースメイクしてほしい。できれば、5000mを2本ぐらい行ってほしいかな。」
「それと、新谷さんの真後ろについて誰かが新谷さんの後ろに入らないようにブロックしてほしい。新谷さんの後ろに誰かが入って、足を当てたりすると集中力が切れたりしたら困るから。それぐらい大事な練習だからサポートをお願いしたい。」
その後、TwoLapsの代表であり新谷さんのコーチである、横田さんにも直々にお願いをされました。何気に横田さんとお話するのは初めてでそれだけでうれしかったです。
新田さんの状態よりも足を当てないか不安
僕は、もともと前を走る人によく足を当ててしまう走り方で、一度それで怒られた経験もあるほどでした。
だから新谷さんのサポートをするはずが、自分が足を当ててしまうんではないかと不安になりました。正直、新田さんがペースメイクしきれないことよりもそちらの方が心配でした。
レース前の異様な緊張感
OTTと言えば市民ランナー向けのレースだから、みんなで記録出せるようにがんばろう!おー!みたいな感じで、スタート前も割と和やかな雰囲気でスタートするのですが、
新谷さんが入る組だけは、トップレベルのレース前の緊張感がありました。自分もその世界観に入り込み、自然と本気モードの顔付になりました。この感覚久しぶり...。
5000m1本目スタート
レースは、15分50秒~16分を目指して1周(400m) 76秒(3分10秒/km) で12周半を走ります。新田さんのペースメイクは、ケガ明けとは感じさせないほどの完璧なペースメイク。
僕は、足を絶対に当てさせないようにすべく、新谷さんの真後ろにがっちり付くのではなく、半歩ほど離れて絶対に足を当てないようにしつつ、誰も入れないぐらいのスペースを保ちました。
ただ新谷さんはピッチ走法で、僕はややストライドよりのピッチ走法なので、ピッチが合わないと思い、"絶対に距離を詰めない"そこだけ気を付けました。
新田さんの完璧すぎるペースメイクのおかげで、こちらもリズム良く気持ちよく走ることができました。久しぶりにレースを走っていて楽しいと感じれました。
そして、このレースを無事終了。新谷さんに誰も足を当てることもなく、新田さんも最後まで完璧なペースで引っ張ってくださったおかげで、新谷さんも余裕を持った感じで1本目を終えることができたみたいです。
今更ですが、シューズはレースで履くのは初めてのメタスピードスカイ+。反発抜群で短いレースでは相性抜群のシューズでした。(OTTは非公認レースだからトラックでも厚さの規定はなし)
5000m3本目スタート
僕は、2本目は休憩して(笑)3本目に備えました。
3本目は出場者は新谷さんのみで、あとはペースメーカーとサポートの計5人でレース(練習)がスタートしました。
3本目はサポートする人が3人いるということで、僕は一番後ろで走らせていただきました。
足を当てないとかは意識しなくてよかったので、純粋にこの5000m3本のメニューの仕上げの1本という独特な雰囲気を楽しみました。
この最後の1本でも新田さんのペースメイクは完璧で、本当にケガしとったんかいと思うぐらい1周76~77秒で走っていました。
そして、見事5000m3本をやり切りました。普通に女子選手で5000mを16分を切るというのは大変なのに、それを3本連続で走りきるというのは、とんでもないです。男子選手でいう14分20秒切りを3本とかなのかな?
終わったあとは、一大プロジェクトを終えたような気分で新田さんと握手しました。
そして新谷さんには姐御を迎える子分のような表情で、お疲れ様ですと伝えました。
新谷さんの練習サポートをできたことについて
新谷さんは僕からすると、初めて陸上雑誌を購読していたころの高校の女子長距離のタイトル(インターハイ、おかやま国体、全国高校駅伝)を総ナメにした選手で、女子高校長距離選手のスーパースターでした。
月日が流れ、新谷さんは変わらず現役バリバリの日本トップ選手で、それに対して僕は疾うの昔に引退した選手でした。
今回新谷さんの日本記録を目指す上で大事な練習と位置付けているところをサポートさせてもらえたのは、引退してもう現役の選手と一緒に走ることはないだろうなと思っていた自分にとってすごく貴重な経験でした。
新谷さんはヒューストンマラソンに向けて、おそらく長い日にちをかけて準備していたと思うので、今回僕がサポートをした5000m2本というのは、その長い準備のうちのたった32分間という時間です。
それでも、新谷さんが日本記録を目指す過程のほんの一部でも加われた、一部になれたというのは、言葉にできない喜びと誇りを感じました。
鬼滅の刃の炭治郎がアオイに向けて言ったこの言葉の本質が、今回サポートをしたことでわかりました。
今後も陰ながら新谷さんのことを応援しています。そして自分もマラソンで新谷さんのタイムに近づけられるように頑張りたいと思います。